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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)89号 判決 1963年4月30日

原告 東亜潜水機株式会社

被告 斎藤春雄

主文

特許庁が昭和三一年審判第一七四号事件について昭和三五年七月二三日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、特許庁に対し、昭和三一年三月三一日被告を被請求人として、被告の有する特許第二一四九五二号「潜水病治療装置」の発明(以下本件特許発明という。)の特許の無効の審判を請求し、昭和三一年審判第一七四号事件として審理された結果、昭和三五年七月二三日原告の申立は成り立たない旨の審決がされ、その審決の謄本は、同年八月五日原告に送達された。

二  本件特許発明は、昭和二八年九月一九日出願、昭和三〇年七月一八日特許にかかるものであり、その発明の要旨は、「外ドアーを有する耐圧罐の内部を内ドアーにて加圧室と副室に区別し、加圧室の外部と内部にそれぞれ連結した空気送入パイプと排気パイプを取付け、該空気送入パイプと該排気パイプに枝パイプを連結し、各パイプにそれぞれ弁を有するハンドルまた空気送入パイプの内部先端に清浄タンクを設け加圧室内には寝台、扇風機、電話機、電熱器、照明燈、ハンドルを有する副室用送気弁を取付け、副室内に該副室用送気弁に連絡したるハンドル、副室用排気ハンドル、電話機、照明燈を取付け、更に耐圧罐の外部に副室用排気ハンドル、加圧空気圧力計、副室用空気圧力計を取付けたることを特徴とする潜水病治療装置」にある。

三  本件審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。すなわち、審決は、本件特許発明の要旨を前項と同様に認定したうえ、審判請求人(原告)において、本件特許発明のものはその出願前「昭和一六―一七年頃当時海軍関係の医療機関で海軍部内はもちろん一般の潜水病患者の治療に使用し、また、昭和一九年頃当時社団法人日本潜水協会が神奈川県三崎町諸磯所在潜水技術員養成所に設け一般の潜水病患者の治療に使用し公知公用のもの」であると主張するので、証拠によつて確認したところにもとづいて、本件特許発明とその出願前公知公用と主張されている事実および物品のものとを比較すると、両者は、物品均等であるばかりでなく、相当に一致ないし類似する構成を有することが認められるけれども、(一)加圧室の外部と内部とを連結した空気送入パイプと排気パイプとに枝パイプおよび弁ならびにそのハンドルを設け、また、(二)加圧室内にハンドルを有する副室用送気弁が取りつけられているという前者の構成要件が、後者には具備されておらず、この点において、両者はその構成を異にし、この相違事項が本件特許発明の必須不可欠の要件であるから、本件特許発明は、その出願前国内において公知または公用となつていたとは認められず、したがつて、その特許を無効とすべきものではないというのである。

四  けれども、本件審決は、つぎのとおり違法であり取り消されるべきである。

(一)  本件特許発明は、昭和一八年頃、訴外社団法人日本潜水協会が訴外川崎重工業株式会社に依頼して製作し昭和一九年九月頃神奈川県三崎町諸磯の右潜水協会付属潜水技術員養成所に設置し以来昭和二四年三月まで公然に用いられていた潜水病治療装置と同一のものであり、その完成図面(甲第二号証中の図面の原図、以下本件完成図面という。)は、右潜水病治療装置が製作された際昭和一九年五月一日に訴外川崎重工業株式会社により作成され、その複写図は、当時訴外岡田サルベージ株式会社、同日本サルベージ株式会社、同スヤリサルベージ株式会社、同北川サルベージ株式会社、同鈴木章一、原告会社その他の関係業者らのほか一般のものにもひろく頒布され、右装置とともに公知にされていたものである。なお、右潜水技術員養成所は、昭和二四年三月に閉鎖されたが、その頃、右潜水病治療装置は、右潜水協会から訴外川間塩業株式会社に譲渡され、ついで訴外荒井某を経て、昭和二七年一一月頃にいたり原告がこれを譲り受けて昭和二八年六月頃修理復元し、現にこれを使用するにいたつているものである。

(二)  しかも、本件特許発明のものと同一で(一)のとおり修理復元された潜水病治療装置は、その出願前の日である昭和二八年八月二七日発行の朝日新聞(甲第六号証)に、その構造、技術内容を容易に知りうる程度に掲載され一般に公開され公然知られるにいたつていた。

本件特許発明は、右のとおり出願前すでに国内において公知公用にかかるものであるから審決には、この点について判断を誤つた違法がある。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

二  請求原因第一ないし第三項の事実は認める。

同第四項の事実については、(一)の事実中、甲第二号証の図面の内容が本件特許発明と同一であることは、認めるが、その余の点を否認する。本件完成図面は、本件特許発明の出願後、同発明をまねて作成されたものに過ぎない。(二)の点については、原告主張の新聞の記事は粗略で本件特許発明の内容を知るに由ないものである。

被告は、一〇数年前から潜水病治療の研究に着手し昭和二六年頃食塩製造に使用されようとしていた単なる容器に過ぎない重さ約四トンのタンクを入手し、種々苦心研究の結果、本件特許発明にかかる潜水病治療装置を新たに案出するにいたつたものである。医療器具、医療装置の発明は、他の発明と異なり、たといパイプ一本の取付け位置が改良されただけでも、その効果が予想されないほど大きい場合がある。したがつて、一本のパイプの増加、一個の孔の穿設が大きな発明力を必要とするものである。いま仮に、本件特許発明に用いられている構造のタンクがその出願前公知であつたとしても、これに審決が認めるとおりの空気送入パイプ、排気パイプ、枝パイプ、弁、ハンドル等を設け、新規な著しい効果を奏するようにした本件特許発明は、新規な発明であり、その特許を無効とされるべきものではない。

原告の本訴請求は、理由がなく失当として棄却されるべきである。

第四証拠<省略>

理由

一  本件審判手続の経緯、本件特許発明の出願および特許の日、発明の要旨、本件審決の理由の要旨についての請求原因第一ないし第三の事実は、当事者間に争がない。

二  そこで、本件特許発明がその出願前公知公用のものになつていたかどうかの点について考える。

本件特許発明が甲第二号証の図面と内容において同一であることについては、当事者間に争がない。

右争のない事実に、成立について争のない甲第九号証、証人石原安夫、同上田喜一の各証言およびこれらの証言と弁論の全趣旨とにより真正な成立の認められる甲第一、二号証、第五号証、第八号証の一、二、同第一〇号証を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。すなわち、

訴外社団法人日本潜水協会(旧名称社団法人大日本潜水協会)は、今次戦争中訴外川崎重工業株式会社に対し潜水病治療装置の設計製作方を依頼し、これに応じ昭和一八年五月同訴外会社においてその仕様書、設計図等が作成され、ついで製造に着手され、昭和一九年五月頃本件完成図面のとおりの潜水病治療装置二基が完成された。本件完成図面は、右潜水病治療装置の製造途中で当初の設計図について一部変更等がされたので、治療装置が完成した際実物と一致させて同月一日付で作成されたもので、その当時、同治療装置は、すぐれた性能をもちその効果が期待され、本件完成図面の複写されたものが訴外日本サルベージ株式会社その他多くのサルベージ関係業者らにひろく配布されるとともに、ひろく宣伝され、その内容が知られるにいたつた。右潜水病治療装置は、訴外川崎重工業株式会社から訴外社団法人日本潜水協会に引き渡された後、同協会によりそのうち一基が、昭和一九年末頃神奈川県三崎町諸磯所在の同協会潜水技術員養成所に送られて、何人にも任意にその内容を知りうる状態で設置されていた。そして、同装置は、昭和二四年三月右技術員養成所が閉鎖されるまで、圧縮ポンプがあれば治療に使用できる状態にあり、同養成所の生徒に対する教科材料として用いられその操作、構造、用途等が教えられたり、また一般の見学者にも公開し説明されたりした。ことに、同装置は、その間昭和二三年九月一〇日発行の日本海事新聞に掲載されたが、当時潜水病患者が相当数あるのに、この種装置は国内に五、六基程度しかなかつたので、潜水従事者ないし業者らの間で注目されたことが推認される。

証人野上義一の証言および被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比して、たやすく措信できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

以上に認定した事実によれば、本件完成図面にかかる潜水病治療装置、したがつてまた、本件特許発明は、その出願前すでに国内において公然知られまたは公然用いられるにいたつていたものと認めることができるから、本件特許発明は、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第四条第一号の規定に該当し同法第一条の規定に違反して特許されたものとして、同法第五七条第一項第一号の規定によりその特許を無効とされるべきものといわなければならない。

三  右のとおりであるから、本件特許発明についてその出願前国内において公知公用になつていたとの事実が認められないとした本件審決は、その判断を誤つた違法があり取消を免れず、その取消を求める原告の本訴請求は、理由があるから、これを正当として認容すべく、なお、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

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